編:連載の企画はどのようなきっかけで思いついたのですか?
竜:以前は「野鳥の四季」(講談社/1982年)や「イラスト野鳥図誌」(有峰書店新社/1986年)などペン画集はあったのですが、今は全て絶版となっています。当館では閲覧用として置いていますが、やはり「また出して欲しい!」というお声は多く、当時神戸さんがお勤めだった文一総合出版さんから同様の本を出すことができないか、こちらから打診したのが始まりでした。
神:たしか、2007年の夏か秋頃でしたよね。
当時の出版事情の雰囲気として、写真や絵だけの単行本を出すのはなんとなく難しいかな...というのが私の見解でした。
ただ、私自身も鳥の絵を描く人間として薮内さんのペン画が大好きなもので、在籍していたバードウォッチング専門誌「BIRDER」に毎月掲載することができないか考えました。幸いペン画なのでモノクロページを使って文章と一緒に掲載して連載する企画を出したところ、無事通りました。連載をすることで今の読者に薮内正幸さんの絵の良さを長期間“宣伝"しておけば、終了後にそれをまとめて単行本にしてほしいという声もでてくると思いまして。
編:実は、連載と単行本の順序が逆だったのですね。
それにしても「天国の薮内さんに宛てて手紙を書く」というコンセプトは素敵ですね。これはどちらのアイデアだったのですか?
神:かなり昔のことで記憶が定かではないのですが....。竜太さんとどんな連載にするかあれこれ相談しているうちにそんな話になったような....どんな感じでしたっけ?
竜:ハッキリとは覚えていませんね(笑)。
でも、ペン画だけを図鑑のように並べるのも面白くないし。2004年に追悼寄稿集「ヤブさん~薮内正幸・動物画に生きた六十年」を発行したのですが、その時にページ数の制約上お声を掛けられかった方がたくさんいたんですね。そこで同じような形態をとってこの連載の時にお願いをしようと。
神:薮内さんの人脈は本当に広くて、打ち合わせで美術館に伺ったときにも竜太さんに聞けば聞くほど私の知らないつながりが出てきて、その方々と薮内さんのストーリーを個人的にも知りたいなと。文章で語ってもらう形式でおもしろい連載が成り立ちそうだと感じたのかもしれません。毎回竜太さんが文章を書くのも大変ですしね。
編:手紙を寄せた36人の人選は?
神:全て竜太さんにお任せしました。
薮内さんのお知り合いには大御所の方もいらっしゃるし、縁のない出版社の編集者から突然の原稿依頼では断られてしまうかもしれない、という不安もありましたので、原稿の依頼も竜太さんにお任せしてしまいました。
それに、竜太さんから執筆者へのコンタクトの方が、文章も内容も編集者から頼むよりも“手紙感"がでるように思いました。これは大きな声では言えませんが、バードウォッチング専門雑誌の原稿料の心配も正直なところありましたので、竜太さんからお願いしてもらった方が断わりにくいだろうなと(苦笑)。
編:野鳥専門誌ということで、人選は鳥関連の方を意識されましたか?
竜:逆にできるだけ幅広くということを心がけました。野鳥関連以外にも動物園関係・絵本関係・美術館関連、あとファンの方ですね。ふだんは野鳥とは関係のない執筆者の方も多かったので、依頼する際には掲載された過去の回のコピーを一緒にお送りし、雑誌「BIRDER」の雰囲気をお伝えしながらお願いをしました。それとどっかで身内も出さなきゃなぁって思ってたんですが、依頼文を書くのが面倒で先送りしてたら時間的に余裕が無くなって自分がやるはめになっちゃいました…。
編:神戸さんも執筆者の一人として連載に登場していますね。
竜:少年時代から薮内のファンだった神戸さんには、最初からお願いする旨をお伝えしてありました。実は、この連載中に一度だけ依頼した方から締め切りを過ぎても一向に原稿が上がってこないことがあって.....
神:そうそう。いろんな方に依頼するのでこんなこともあるだろうと予想はしていました。そんな時に備えていつでも入稿できるように、用意しておいた自分の原稿を入れたことを今でも覚えています(笑)。
編:担当編集者としてのスリリングな体験談ですね(汗)。
神戸さん回では、少年時代の薮内さんとの思い出に触れられていますね。
神:当時、自分の中では一番うまく描けたかなと思えるノゴマの絵を持って薮内さんに見てもらいに行きました。
目はすごく良いと褒めていただいたのですが、足を描くのが苦手であることを正直に言うと、アドバイスをいただきました。羽の柔らかな感じと足のうろこ感の描き分け、全体のバランスや重心を意識しながら足の出る位置を決めることなど、とても丁寧で具体的なお話ですごく勉強になりましたね。
編:ところで、手紙と共に毎回掲載するペン画はどのように決めたのですか?
竜:「BIRDER」ですので野鳥のペン画であることは大前提で、どの種にするかは執筆者に決めてもらいました。だから同じ鳥が続いてしまったり、また全体的に見ると猛禽類に偏っちゃった気はします。あと、種によっては原画をこちらで所有していないものもありました。一応データがあったので何とかなりましたが…。
編:神戸さんは今回の企画展をご覧になって、特に印象に残った絵などはありますか?
神:私は根っからの薮内ファンなので、全部印象に残りますね。
やはり1つに決めるのは無理で、酷な質問ですよ(笑)。
これは毎回美術館を訪問して原画を見るたびに感じることですが、鳥の絵を描く人間として薮内さんの原画を生で見る機会はとても貴重で全てが勉強になります。例えば、本で見て「この鳥はなぜこんな表情や視線をしているんだろう」とか「なぜこの線の太さで描かれているんだろう」という疑問をもつことがあります。そんな時に美術館で原画を見るとその絵は1枚の紙に複数種(羽)描かれていて、本ではトリミングして一部だけ使っていたりする場合があるんですね。今回の展示でいうとシマフクロウの飛翔の絵がそれにあたります。原画を見て納得することがしばしばです。
来館者の皆さんが「図鑑で知っている絵」や「絵本で見た絵」の原画を観に、ぜひ美術館に足を運んで原画の実際の大きさや、薮内さんの描いた生き生きした生き物たちの表情に触れてほしいですね。
編:絵描きさんならではの深い視点ですね。薮内さんが描くひとつひとつの線にはそれぞれ理由があるんだなぁ....。
神:あと、絵ではないのですが、展示されていた執筆者の藤川さんが薮内さんにもらった手紙は印象的でした。私はお目にかかったことしかないので、手紙をもらっているなんて本当にうらやましいです。
注....ファンである藤川さんからの手紙に対し、薮内さんが便箋3枚に渡って親身になって返事をしたためている。
編:薮内さんの肉筆の手紙は、お人柄がそのままにじみ出ているようで、私もじっくりと読みました。
手紙でつながる薮内さんと執筆者のみなさん、またEメール全盛の時代にもなおアナログな文字や線が持つ力など、様々なことを感じ取れる展示になっていると思います。
本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。
◆◆◆◆ 神戸宇孝(ごうど うたか)さん プロフィール ◆◆◆◆
1973年生まれ。英国サンダーランド大学・自然環境画科卒。5歳のときに野鳥観察に興味をもち、小学生のときに薮内正幸氏の野鳥ペン画集を見て野鳥の絵を描き始める。英国在学中に英国の野鳥雑誌「BIRDWATCH」の野鳥画コンペティションにて最優秀画家の一人に日本人としては初選出される。2004〜10年に野鳥雑誌BIRDER編集部のある文一総合出版に在籍し、現在はフリーランスの野鳥画家として、画業のほかに執筆や講演などの活動もしている。
神戸さんのブログ
http://vanguardbirding.blogspot.jp
◆◆◆◆ 野鳥専門誌「BIRDER」 ◆◆◆◆
文一総合出版が発行する、1991年から続く野鳥専門の月刊誌。野鳥の生態・識別・保護など記事や、探鳥地情報・観察アイテム・グッズなど、野鳥と、彼らを取り巻く自然に関するさまざまな情報を満載したネイチャーマガジン。
生前、薮内さんのイラストは何度か掲載されたほか、2001年6月号では追悼特集が組まれた。