2024.04.04 (木)
甲府の桜
甲府駅、信玄公脇の桜は散り始めてたー。
- 薮内 竜太 |
- 21:43 |
- 未分類 |
2024.04.02 (火)
先日拾得した「おサルのアタマ」をキレイにしようとするも…これ、ちょっと力入れたら骨折させそうで怖いなぁ。ブラシの届かない場所もあるし。別のやり方を考えるか。
で、とりあえず赤い照明を点けてみたら雰囲気出た。
2024.04.01 (月)
今日も晒しちゃうぜ~♪
いつの時代も猛禽類の画、多いのです。若い時も晩年も、様々な画材に多様なタッチで描きまくり。それこそ「ハチクマ」と「シロハヤブサ」は、絵本の執筆が遅れて出版社から缶詰させられている宿で描いた画。つまり朝から晩まで机に向かってるからさすがに疲れて、休憩中の筆休めに描いた画ってことですね。そして2点しか残っていない油彩(これも暇つぶしに描いた)は、2点とも「シロハヤブサ」。
猛禽、好き過ぎかよ!
2024.03.29 (金)
見下されているような、叱責されているような気にさせられるその眼つき。
悪いコト何もしてないのに、つい「すいませんでした」って言っちゃいそう(あ、盗撮はよくしてるけど)。
2024.03.27 (水)
今日も晒しちゃうよ~。
ここでは特に年代を問わず、「いつの時代も色々描いてたんだねぇ」コーナー。様々な画を集めてみましたよっ!
2024.03.26 (火)
20周年だし、展示作品を「晒しちゃうゾ」ってことで…今日は「1959年」の作品群。
この年の3月に大阪の高校を卒業した正幸は福音館書店に入社、松居直さんのご自宅で下宿生活を始めます。そして出社してタイムカードを押したら上野の国立科学博物館に日参して今泉吉典氏のもとで動物のことを学ぶわけですが、今泉さんの「徹底して骨格を描け。休憩や食事時間は食べながら海外の文献を模写しろ。とにかく描け」の言葉通り朝から晩まで、起きている間は常に筆を持つ日々でした。よって1959年は動物はもちろん、映画俳優からピカソの模写まで目につくものは何でも描いていたようです。また画材やタッチも様々で、本屋さんの紙袋でさえ、開いて画用紙代わりにしていました。
当時科博にいた方が「あの頃の薮内クンは何にでも画を描いていて、全てのものに余白が無かったヨ」と回想しておられましたが…ふむ、然もありなん。